カール・グスタフ・ユングという心理学者を御存じの方は多い。
日本では、河合隼雄さんが第一人者としてユング心理学を紹介された。
河合さんの本は非常に奥深く、わかりやすいため、一冊でも多く読むことをお勧めしたい。
神学紹介ブログでユングという「心理学者」を扱うのは不当と言えなくもないが、彼は多方面で神学の領域にも貢献している。
特に、「牧会」の領域においては、私自身は牧師や信徒がユング心理学を学ぶことには重要な意味があると思っている。
彼自身は、明らかに人生が進むにつれてキリスト教から「東洋思想的」な考え方へと傾斜して行った。
彼の思想は「キリスト教的ではない」というのは、まったくその通りだ。
彼の心理学は、正統的キリスト教のものではなく、むしろ「秘教的」「東洋的」なものだ。
ヘルメス主義、仏教、老荘思想、ヒンズー教が、彼の思想との類似性が大きい。
このことに無自覚に、彼を「キリスト教的心理学者」と考えるなら、信仰的に手痛い目に合うことになる。
彼の心理学を無自覚にキリスト者が受け入れるなら、信仰的な混乱を味わうのは必至だ。
しかし、実は彼の心理学がキリスト教が切り捨ててきた思想を彼が拾い上げているからこそ、ある意味ではキリスト教会に貢献するものともなっている。
キリスト教会の捨ててきた思想の「真理契機」を取り戻すために、重要な働きをしてくれていると思っている。
ユング心理学は、一言でいうなら「バランス主義」と言える。
ユングは、神経症や心理学的な病気は、「意識と無意識のバランスが崩れる」ことで生じると語っている。
意識と無意識のバランスを取り戻すことを、ユングは心理学のなかで主題と構造を変えながら、生涯語り続けたのだ。
「身体と精神」「意識と無意識」「理性と感情」「男性性と女性性」・・・こういった両極の間のバランスが、「健康」であると説く。
そして、このような「バランス主義」は、キリスト教会が微妙に否定してきた思想の要素でもあるのではないか。
キリスト教は歴史が「前進」することに、意義と喜びを見出す性格を持っている。
「バランス」とはパラダイムが異なっている。「バランス」の真理を切り捨てていく側面がないわけではない。
ここに、ユング心理学をキリスト者が学ぶ意義があるのではないか。