アブラハム・カイパーのことをご存じないキリスト者の方も多いと思うが、ぜひ彼の参考書なり、著作なりを読んでいいただきたい。
日本のキリスト者にとっては「必読書」だと私は感じている。
彼の神学の日本のコンテクストへの「緊急性」が非常に高い。
というのも、日本においては「政治と教会」、「福祉と教会」、「教育と教会」、「芸術と教会」といったような、「他分野とキリスト教」のあいだの境界線が曖昧になる傾向があるからだ。
右翼的・左翼的政治イデオロギーであるものを、「福音」として語ってしまっている例がある。
日本では福祉の世界でしかできないことを、「教会」に適用してしまっている例がある。
そこからは、底なしの「混乱」と「停滞」が生まれてくる。
分野の「境界線」が守られていないからだ。
「神学と他分野の混交」が起きている。現代の「教勢の衰退減少」のかなりの部分が、こうした「混交」に根差しているように、私には感じられる。
教会が自らの独自分野に集中せず、他分野ばかりしてしまっているから、衰退があらわれているように思えるのだ。
こうした「境界線」の課題は、教会にとって死活問題となりうる。「境界線の混同」は教会を死に追いやる病になる。
アブラハム・カイパーの神学は、「分野の境界線を明確にしたうえで神学する」ところにあるのが一つ特色だ。
教会は自らの独自分野に、政治も自らの領域に、芸術も、福祉も、教育も、それぞれが専門領域に集中したうえで、社会を構成していくことを提言している。
神は唯一であり、これらすべての領域においても「主」であられる。カイパーは全領域が神の主権のもとにあることを、繰り返し強調する。
中世は「教会」がこういった全領域に支配を及ぼしていたが、近代に至って教会の支配は解けた。
だが、教会が証しする神ご自身は、なおすべてにおいて主権をお持ちである。
この神に従ううえで、すべての分野の独自性と境界線を守っていくことが求められている。
「境界線」をしっかりと洞察し、「分野の区別」を守ったうえでの「キリスト教信仰」が必要なのだ。
アブラハム・カイパーの「緊急性」を、ぜひ受けとめていただきたいと思う。